あなたを見つめる

あなたを見つめる

天秤の両親の話

 俺には人と違う『何か』があって、視界も違うものなのだと。幼い頃に黒い靄が人間を襲う姿を見て、そう認識した。幼馴染の久保には視認出来ない『何か』を。


「あんたっていつも変なところ見てるよね。なんで?」


「監視……いや、俺にも分からない。ただ見てるんだ」


「おかしな人」


「はは、上等だよ。特別な人間ってものさ!」


「長い付き合いなのに相変わらずね、全く分からないわ」


 言いながらぶつくさとクッキーを手にとって口に運ぶのは7歳の少女。彼女に変人扱いされている彼の幼馴染の「久保紗月」。家がお隣さんの二人は生まれる前から両親の付き合いがあり、兄妹同然の少年少女だった。

 ははは、と笑いながら頭を軽くかいている少年は「泰良國智」。二人は公園のベンチに座って談笑を繰り返す。目の前にある広場には家族連れが多くいて、自分達の親も存在した。「仲良くしなさい」と、二人きりによくされる彼らは少し距離を起きながら寄り添い合う。


「クッキー食べたらどうなの? 一応……私が焼いたものなんだけど」


「喉が渇くじゃないか……」


「飲み物あるでしょ」


「炭酸は勘弁して」


「水は私が飲んでるものしかないでーす。大人しく炭酸飲みなさい」


「へいへい……」


 圧に押された少年は渋々と炭酸の缶を空け、クッキーを食べながら喉の渇きを潤した。シンプルながらに美味しいクッキーの感想を言おうと紗月に目を向ける、彼女の肩には小さな小さな『蟲』がいた。耳の中に這い寄ろうとしている『蟲』、百足の形をした呪霊がしなやかな肩に乗っていた。もぞもぞと登ろうとしているので咄嗟に俺は術式を発動させた、白蛇が呪霊を呑み込みながら噴水へと飛び込む。水しぶきを上げ、肩から呪霊を無理矢理剥がすことに成功した。

 突然上がる不自然な水しぶきは子供達が投げるコイン遊びに紛れていた為誰も違和感を抱かずにいる。


「ここから離れるぞ」


 そう言葉を紡ぐよりも先に紗月の手を強く握り走り出す。紗月の困惑を表す顔には不思議な感情だけを載せている。

 呑み込まれた小さな呪霊は蛇の中身を喰い破り、図体を大きくして紗月だけを狙って周りの子供には1ミリの意識すら向けなかった。


『遘?#縺ッ逕溘″縺ヲ縺?k』


「……アレ、なによ」


 黒髪を靡かせながら後ろを覗き見る彼女は恐怖に震えた声を出す。ブルブルと震える手を両手で抑え、落ち着かせる。彼女の思考は今、あの化け物が何を喋っているのかわからないのに''分かる''それだけに恐怖を抱いてる。



 『死』だ。


 狙われていた事実だけがある。


 (私が一人だったらどうなっていたのだろう。考えたくない、私達諸共死ぬんだ。嫌だよ、おかあさん……)



「後ろにいろ、紗月」

「必ず守るから」


「……」


(少し震えてる……、これは私の? それとも)


 逃げていても無駄だと悟った少年は手を握ったまま、怯えている少女を背中に隠し庇う。無謀な事だ、いくら力があったとしてまだ実戦経験を積んでない人間が格上に適うわけもない。

 力の差を理解して立ち向かう、自身の震えさえも抑え込む。将来の呪術師として意地が既に発揮されていた。


 太陽に照らされる彼はとてもまぶしかったの。


「『守ることは力だけじゃない』って、兄さんも言ってたんだ」

「まずは俺を倒してから行け




 ――呪霊!」


 雄叫びをあげてカサカサと足を動かし、蠢きながら俺達に向かってくる。呪霊は口を大きく開け牙が見える。紗月は咄嗟に強く瞼を閉じる。


 シュッ


 軽い音と共にドサッと倒れる音もズレて聴こえる。


「お〜。オマエラ大丈夫かよ」


 青いブーメランをクルクルと回す、14歳ぐらいの少年が呪霊を足蹴りにしながら話しかける。


「兄さん!」


 彼は國智の兄、両親が呪術師をしていて全員呪術の力を持つ。少しづつ血は薄れていっているが國智は濃い呪術の力を身に秘めていて、育っていた時にこの呪霊と会っていたらこうも苦戦はしなかっただろう。


「たすか……ったの?」


「へーへー、そうですよっと。良かったな、えーっと紗月ちゃん?」


 隣人の名前位覚えろよ、とまだ幼い声の弟は兄の横腹を肘でつつく。頭がぼーっとしている紗月は今の状況を理解はしきれてないが考えることは一つ。


「家に帰りたい」



―――――



 強すぎる陽の光が全身を突き刺す夏の季節、中学生になった二人は休日に揃って外出している。少年はTシャツとズボンでラフな格好、少女は麦わら帽子に白いワンピースを着て純情とも言える姿が写される。

 あの日から呪霊をくっきり見えるようになった紗月は泰良家の人間に呪術の事を教えられた。自分に力がないことも、はっきりと。でもそんな彼女を「守る」って声を上げたのは國智だ、周りの人間はひゅーひゅーと誂っていたりする。視界が違うことは分かっていた、おかしいと評して理解はしていなかった自分を恥じていた。なのに彼はどうでも良いと、言ってくれた。


 彼が私を守るなら、私がすることは支えること。


 くすくすと軽い笑い声が花畑の上を転がる、疑問に思った少年は笑い声のする方へ顔を動かす。

 陽だまりの向日葵に囲まれる少女は世界一美しいと、そう心の奥で誰かが喋る。


「紗月」


「なに?」


「好きだ」


 帽子の陰で紗月の表情は見えない、口元だけは薄っすらと分かるが口角をあげているからきっと笑っているんだろう。ぴょんっと彼に近づく成長期の二人だけど、まだ少女の方が背が高い。二人の顔が近付き陰に隠れた紗月の笑顔も垣間見える、麦わら帽子を國智に被せて発する言葉は、


「私も好きよ」


 相手の返事を被せるように唇に口づけを。

Report Page